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大阪地方裁判所 平成4年(ワ)7562号 判決

原告 住金物流株式会社

被告 株式会社ジオメイク

被告補助参加人 国

代理人 川口泰司 亀井幸弘 ほか二名

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、金五七二万五三九八円及びこれに対する平成四年九月一〇日から完済に至るまで年六パーセントの割合による金員を支払え。

第二事案の概要

原告は被告に対し、鳳山建設が被告に対して有する請負工事代金債権を、鳳山建設が原告に債権譲渡したとして右債権の支払を求めたのに対し、被告及び被告補助参加人は、右債権譲渡は無効であるとして争っている事案である。

一  争いのない事実

1  原告は、平成四年六月一一日、訴外鳳山建設株式会社(以下「鳳山建設」という。)の代理人として、鳳山建設が被告に対して有する工事請負代金債権を、内容証明郵便でもって原告に債権譲渡する旨の通知をし、右通知は翌一二日被告に到達した(以下「本件債権譲渡」という。)。

2  右通知が被告に到達した時点において、鳳山建設は、被告に対し、中央卸売市場排出塵芥処分作業の請負工事代金債権として、平成四年五月分二八六万二六九九円、同年六月分二八六万二六九九円の合計金額五七二万五三九八円を有していた(以下「本件債権」という。)。

3  ところが、被告補助参加人国(以下「国」という。)は、鳳山建設に対して、平成四年六月一九日現在、別紙一「租税債権目録」記載のとおりの租税債権を有していたところ、右租税債権を徴収するために、国税徴収法六二条に基づき、右同日2項記載の平成四年五月分請負工事代金債権を差押え、同法六七条に基づき、六月二九日右債権を被告から取り立て、さらに同月三〇日2項記載の同年六月分請負工事代金債権を差押え、七月二四日右債権を被告から取り立てた。その結果、被告は、右各期日に二八六万二六九九円ずつ合計五七二万五三九八円を支払った。

4  そして、国は、取り立てた右差押債権を、同年六月二九日現在の鳳山建設の滞納国税(別紙二租税債権目録(一)記載のとおり)、及び同年七月二四日現在の鳳山建設の滞納国税(別紙三租税債権目録(二)記載のとおり)にいずれも充当した結果、鳳山建設の国税は完納となった。

二  原告の主張

1  原告は、鳳山建設との間で、平成四年二月三日、鳳山建設が毎月三〇〇万円の分割金の支払を一回でも遅滞した場合は期限の利益を喪失することとし、右遅滞の発生を条件として、鳳山建設が右遅滞発生当時に第三者に対して有する工事請負代金債権、売掛代金債権等のうち原告に対する残債務金相当額を原告に当然に債権譲渡することとし、債権譲渡通知に関する件につき、原告もしくは原告の指定する者に代理権を付与する旨の契約(以下「本件債務弁済契約」という。〈証拠略〉)を締結した。

2  鳳山建設は、平成四年五月三一日に支払うべき分割金の支払を遅滞し、同日手形の不渡を出して事実上倒産した。

3  そこで、原告は、本件債務弁済契約に基づき、一項1記載のとおり、鳳山建設の代理人として、被告に対し本件債権を譲渡する旨の通知をした。

4  よって、原告は、被告に対し、本件債権及びこれに対する訴状送達の日の翌日から完済まで商事法定利率年六分の割合による遅滞損害金の支払を求める。

三  被告の主張

1  被告は、滞納税金による差押債権が他の一般債権に優先すると考えて、国に対し本件債権を支払ったのであるから、右支払は原告に対抗できるものである。

2  仮に、原告の本件債権譲渡が対抗要件を具備したものであるとしても、本来、詐害行為、否認権行使の対象となるべきものであり、結局、被告の負担する債務は原告でなく日本国に支払われるべき筋合いのものであるから、本件訴訟提起は訴権の濫用となる。

四  国の主張

本件債権譲渡は、次の理由によりいずれも無効であるから、原告は、本件債権譲渡をもって被告及び国に対抗することができない。

1  本件債権譲渡の根拠となった本件債務弁済契約は、将来の集合債権担保契約としての性質を有するものであるが、右契約は、担保とする債権について〈1〉将来生じるものであっても、それほど遠い将来のものでなく、〈2〉現在すでに債権発生の原因が確定し、〈3〉その発生を確実に予測しうるものであるから、〈4〉始期と終期を特定してその権利の範囲を確定することによって、これを有効に譲渡することができるというべきである。(最高裁昭和五三年一二月一五日判決)。

しかるに、本件債務弁済契約は、目的債権の種類、発生時期、限度額のいずれについても何らの限定を伴わない包括的な将来債権の譲渡契約であるから、右判決に照らして無効である。

2  指名債権の譲渡通知は、債権の譲渡人又は譲渡人から委任を受けた者がなすべきであり(最高裁昭和四六年三月二五日)、譲受人が譲渡人を代位してすることはできないし、事務管理としてすることもできないと解すべきであるところ、本件では、譲受人である原告が譲渡人である鳳山建設を代理して債権譲渡の通知をしたのであるから、右通知は無効である。

3  仮に、譲受人が譲渡人から代理権を得て債権譲渡の通知をすることができるとしても、本件債権譲渡通知には、適法な代理権を有することは証明するに足りる資料の添付がなかったから、適法な通知としての効力を有しない。

五  争点

本件債権譲渡は無効か。

第三争点に対する判断

一  当事者間に争いのない事実、〈証拠略〉、並びに弁論の全趣旨によって認められる事実は次のとおりであり、右認定事実に反する〈証拠略〉に照らして採用することはできず、他に右認定事実を覆すに足りる証拠はない。

1  原告と鳳山建設とは、平成三年五月二一日、土砂搬入受入業務に関する委託契約を締結し、取引を開始した(〈証拠略〉)。

右取引は、平成三年一一月末までは順調に推移した。その後、鳳山建設は資金繰りが悪化し、債務超過となり、原告に対する同年一二月末日現在の未払請負工事代金が合計額六二七三万六〇〇〇円にのぼり、そのうち同年一二月末日支払分の支払をすることができなかった。

2  そこで、原告は、鳳山建設に対し、翌平成四年一月八日頃右代金の支払を督促したところ、鳳山建設は、原告に対し、同年一月二一日、債務総額六二七三万六〇〇〇円のうち二七三万六〇〇〇円を同年一月三一日限り支払い、残額六〇〇〇万円については、毎月三〇〇万円宛二〇回の分割払とし、右分割金の支払手形を発行して既発の手形と差し替える旨の弁済計画案(〈証拠略〉)を提出した。

3  その後、原告と鳳山建設とは種々交渉を重ねた結果、一月二四日、鳳山建設は、原告に対し、右分割金を担保するため鳳山建設所有の不動産に抵当権を設定し、右分割金を一回でも遅滞した場合には当然期限の利益を喪失するという条項を追加した弁済計画案を提出した(〈証拠略〉)。

4  原告は、右弁済計画案に加えて、右分割金の返済に不安が残ったので、右分割金の支払を一回でも遅滞した場合には鳳山建設が有する債権を原告に優先的に譲渡することを契約内容に加えることを提示し、最終的に同年二月三日、鳳山建設との間で、本件債務弁済契約(〈証拠略〉)が締結されるに至ったものである。

5  右同日、鳳山建設は、右契約に従い、原告に対し、二七三万六〇〇〇円を支払い、同社代表者鳥山東福が手形担保した額面三〇〇万円の約束手形二〇通を原告に振出交付し(〈証拠略〉)、鳳山建設所有不動産につき抵当権設定登記手続を了した。

6  その後、鳳山建設は右分割金の支払を遅滞したため、第二項二原告の主張記載のとおり、本件債務弁済契約に基づき本件債権が譲渡されるに至った。

二  前記争いのない事実及び認定事実に基づき、争点について判断する。

1  本件債務弁済契約が締結されるに至った経緯は、前記認定事実のとおり、鳳山建設の資金繰りが悪化し、債務超過となり、原告の支援を得るためになされたものであり、分割金の支払確保のため、個人保証のある手形の交付、物的担保の提供の他に、さらに原告から債権譲渡の条項が提示されたのを鳳山建設が受諾することによって右条項が右契約の内容となったことが認められるのである。

2  本件債務弁済契約(〈証拠略〉)によれば、「分割金の支払遅滞の発生を条件とし、鳳山建設が分割金支払の遅滞発生時に第三者に対して有する工事請負代金債権、売掛代金債権等のうち原告に対する残債務金相当額を原告に当然に債権譲渡する。」というものであるから、右契約は将来の集合債権担保契約としての性質を有するところ、無制限にその有効性を認めることはできず、前記最高裁昭和五三年一二月一五日判決において示された一定の要件の基に、その有効性を認める考えを当裁判所も採用するものである。

3  右要件の存否を本件債務弁済契約において検討すると、右契約には譲渡の対象となる債権につき、工事請負代金債権等の債権の種類のみ記載されているにすぎないこと、右契約締結時には、本件債権は全く発生しておらなかったのみならず、すでに本件債権発生の原因が確定していたとか、もしくはその発生を確実に予測しうる事情も認められないこと、債権の始期と終期を特定して期間の制限を設けていないこと、第三債務者の特定及び金額の限度など目的債権の範囲を確定するものは何ら記載されておらないのであって、前記最高裁の判示した要件は殆ど具備されていないことが認められるのである。

4  さらに右契約(〈証拠略〉)によれば、「本契約によりあらかじめ第三債務者に対する債権譲渡通知に関する件につき、原告もしくは原告の指定する者に代理権を付与する。」ことになっており、原告は、分割金の遅滞発生という条件が発生するや、鳳山建設の有するあらゆる工事請負代金債権のうち、原告が任意に選択する債権を、原告自ら債権譲渡の通知をすることによって、原告に対する残債務金相当額まで無制限に回収することができることになる。

5  従って、本件債務弁済契約は、債務譲渡の目的債権が特定されておらないから無効であり、右契約に基づく本件債権譲渡も無効となるから、その余の点につき判断するまでもなく、原告の請求は理由がない。

第四よって、原告の請求は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 阿部靜枝)

別紙〈略〉

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